ホームページって何だ?


インターネットは今、過渡期にあり、その方向性はまだ定まっていないように思える。 随分と持って回った言い方だが、実際問題、WWWの情報の基本単位とも言うべき「ホームページ」ほど煮詰まっていない用語は少ない。 (「ホームページ」とは或るサイトの出発点ないしベースとなるページを指すべきもので、WWWの基本単位は「Web ページ」或いは「サイト」と呼ばなければならないとする議論があるが、 ここではその問題に立ち入らない。)

企業や官庁などの組織にとっては、WWWのネットワークを活用したデータベースが情報管理の合理化・効率化をもたらすものとして注目されている一方、 持たざる一般庶民にとってはインターネットは個人が容易に情報発信できるツールとしてちょっとしたブームになっている。 つまりパソコンを買った、インターネットに接続できるようになった、次は自分のホームページだ、というパターンだ。 自分のホームページを持たない人のことを「ホームレスだ」などと言う馬鹿なヤツもいる。

インターネットではそれらの情報すべてがコンピュータのネットワークで繋がれ、ファイアーウォールなどによって制限されていない限りは、誰もが自由にアクセスすることができる。 つまりは何でもありのメディアなのだ。要するにピンからキリまである情報の山がインターネットという仮想ドンブリの中にプールされているのだ。 情報の中味については、基本的に自由である。明らかに違法、或いは反社会的なものでない限りは、情報の内容が出発点において制限されてはいないし、されるべきでもない。 自由が競争原理の要である。

しかしいわゆるホームページの数が雨後の竹の子のように増えてくると、そこには当然ひずみもでてくる。 インターネットがごく限られた人々の間での情報交換の手段であった初期の時代と異なり、言わば大衆向けのメディアの様相を呈してきた昨今では、 個人ホームページというものが無視できない決定因子になってきている。

それでは「ホームページ」とは何だろう?インターネットの主流がネットニュースからWWWに移ると情報の基本単位がニュースグループから「ホームページ」に移った。 特に最近のホームページでは、壁紙や画像をふんだんに用い、時にはBGMまで用いて、ビジュアルで娯楽性の強いページ作りが多くなってきている。 あたかも自分の家を飾るように自分のサイトを着飾るのであり、文字通り「ホーム」ページだ。 確かに情報発信がメインではあり、コンテンツは不可欠だ。しかし必要な情報だけを素朴にまとめた Web ページは(今でも時々見かけるが)主流ではなくなってきているように思える。 (いわゆるスタイルシートの登場も、こうした動向と無縁ではなかろう。必要最低限の情報を箇条書きにするだけなら、旧来のHTMLタグでも十分なのだから。) 個人ホームページとはそれを作った個人の「作品」として、分身のようなものとして表現されている。

一方でこうした風潮には批判もある。情報自体よりも「ホームページ」というスタイルに重点が置かれると、 一般個人が自分のホームページ(サイト)の中に自己紹介やら趣味やら蘊蓄やらを何でもかんでも詰め込んで、結局何を訴えているページなのか判らなくなるというのだ。 もっとひどい場合には、コンテンツの方はそこそこにして、ホームページの中に必ずと言っていいほどある掲示板に親しい仲間を呼んでチャット同然の無内容な会話を繰り広げる。 つまり「ホームページ」とは文字通り自分の「家」であり、そこにお客さんを招いてワイワイ楽しめりゃいい、という発想だ。 最初はそういうつもりで作ったわけではなかったのに、結局そういう方向に陥ってしまいがちなのも事実だろう。

ホームページかくあるべし、というようなことを書いた情報ページによれば、ホームページはそのコンセプトをはっきりさせ、情報発信をメインにすべきだとされる。 従って有名人でもない一般個人が自分のサイトの中に自己紹介やら趣味やら特技やら何でもかんでも詰め込むような作り方は良くない、ということになる。 また1サイト中に、自分にとって興味があるからと言う理由で、関連のない情報を並置するのも好ましくないとされる。 テーマを異にする情報は、できれば別サイトに公表し、せいぜい同一作者のページとしてリンクさせる程度にすべきだというのだ。 まさしく正論だろう。

サーチエンジンやリンク集の如くネット上の様々な情報をデータベース化する者にとっても、一番手を焼くのは「個人」ページらしい。 つまり個人が自分のホームページを持ちたいというだけの理由でホームページを作る。 そこに、これと言って見るべき内容が無いか、あっても色々な情報をごたまぜにしているためにコンセプトがはっきりしない。 結局、自己紹介がメインなんだろうという理由で「個人」というカテゴリーを設けるのは苦肉の策だ。

じゃあ、お前のホームページはどうなんだ、と問われては返す言葉がない(笑)。 「HTML Tips」「お役立ちソフト」「視角」「頭の体操」とも、それぞれが1サイトとして独立させてもいいだけのコンテンツを持っている。 それどころか、「視角」の中の「アダルトは悪か」「いわゆる[ら抜き表現]について」ですら、それをメインテーマにして1サイトを作ることも可能だ。 事実、たった1つの情報をまとめた1ページしかないサイトも存在しており、その方が、色々な情報をてんこ盛りにして却って個々の情報が埋もれてしまうサイトよりも高い評価を受けていたりする。 コンセプトという点で言えば、電レス梅ちゃん堂のコンテンツは、「インターネット」という(かなり漠然としてはいるが)1テーマのもとに半ば強引にまとめられているつもりだ。 とは言え、例えば QuickPass(PRO)のユーザーと「HTML Tips」を評価してくれる人とは必ずしも重複しないのだから、本来はそれらを別々のサイトに分割した方が良いのだろう。 しかし色々な事情があってそこまで踏み込めないのが現状だ。

インターネットを情報のデータベースとして用いたい人の立場からすれば、ホームページはコンセプトがはっきりしていた方が良い、ということになろう。 それどころか個人の自己紹介中心のページなどゴミ同然に思われるかも知れない。しかし、ちょっと待ってほしい。 すべてのホームページが特定のコンセプトという役割のみを担ってくれれば情報検索する者にとってありがたいのは事実だが、ほとんどの個人はそんな特定の「役割」を担おうとしてホームページ作りをするわけではない。 多くの個人は、自分が提供する情報についての専門家であるわけでもない。むしろインターネットの情報を形作っているのは、大半が「趣味」「マニア」の産物だ。 従っていわゆるスペシャリストの提供する情報に比べれば不備があるのは否めないが、同時に思いがけないオリジナリティがあるのもアマチュアリズムの魅力であるはずだ。

例えばある人は電子工学が専門だが、同時に川柳の達人だ、またある人はデザインが本業で、同時にスキューバダイビングがプロ並みだ、などといった支離滅裂な意外性にこそ個人の魅力があると思う。 そしてホームページという全く新しい表現形態がそうした個人の自己表現を可能にした。まじめな情報と冗談がごちゃ混ぜのホームページほど面白い、という側面もある。 それを、「ホームページはコンセプトを明確にせよ」、「ホームページは1つの情報に徹せよ」などと線引きされると、個人は背後に引っ込まざるを得なくなる。 分業体制が確立されると、アマチュアがプロに太刀打ちできないのも明らかだ。

それでもなお、個人ホームページも1つのテーマを決めてコンセプトに徹せよ、と言うのであれば、ホームページが提供する情報の価値に対して対価を支払うシステムを確立すべきだ。 接続業者やHPディレクトリのサービス業者だけが儲かる仕組みになっている現在のインターネットにはそのシステムがない。 提供した情報の価値に対して一定の報酬が与えられるようになれば、個人といえどもホームページ作りにまじめに取り組むようになるだろうし、これまでのようなオタク世界ではない新しい意味のインターネットを育てるようになるであろう。

[1999/12/25]



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