パソコン


最近、パソコンの売れ行きが落ちているそうだ。原因の一つは消費税引き上げであり、 売れ行きが落ちているのは何もパソコンだけではない。ただパソコンの場合には、Windows95 発売時のような 爆発的なブームの引き金になるものがこのところ乏しいこと、インターネットも期待したほどの牽引材料には なっていないこと、低価格化が頭打ちになっていることなどが複合要因として挙げられると言う。

これまでパソコンのメーカーは、ズブの初心者でも買ったその日にパソコンがすぐ使える、 インターネットがすぐできる、などと宣伝してきた。これは、そのためのソフトやハードが揃っている、 という意味では間違いではなかったが、一般ユーザーは初心者でも簡単に使える、と言う意味にとって 裏切られたと感じた。パソコンが難しい、といわれる原因の一つは、マニュアルやヘルプのわかりづらさ にある。決してユーザーがバカなのではない。ことパソコンやソフトに関する限り、マニュアルやヘルプは どれほどわかりやすく書いても過ぎると言うことはない。ところがマニュアルやヘルプを書いている人は、 自分がわかっていることはユーザーにとっても自明だ、と勘違いしているらしい。パソコンの初心者に、 スレッドがどうの、コマンドラインがどうのと書いてもわかるわけはないのだ。

また、高い金を出してパソコンを買っても、結局何に使ってよいかわからず挫折、というケースもある。 パソコンは、それ1台でワープロや表計算もできる、ゲームやお絵かきもできる、 インターネットやパソコン通信もできるというマルチユースの万能機械だが、 それだけにマニュアルも膨大にならざるを得ず、これが初心者にとっての負担となる。 いっそ目的を狭めてワープロとゲームとEメールしか使わない、という人は別として、 いろいろなソフトを使いこなしたい、と思い始めると、やれソフトのダウンロードだ、解凍だ、 圧縮だ、ということになって、zip だの lzh だの dll だのと難しい用語を知るようになり、 どんどん深みにはまって行く。パソコンを半年も使いこなした人はパソコンおたくみたいになっているのだ。(笑)

パソコンの売れ行きが低迷している中で、ノートブック型パソコンの人気は堅調だという。 確かに電卓もワープロも携帯電話も小型化の方向性を辿ったから、これには必然性があるのだろうか。 なにしろ軽・薄・短・小の好きな日本人のこと、そのうちポケット・パソコンなんてのがコンビニで 売られるようになるかもしれない。(笑) しかし、いくらダウンサイジングとは言っても、 モニターやキーボードまで小さくなりすぎるとかえって不便なので、これには限界があろう。

むしろ、何にでも使えるが何に使ってよいかわからない万能パソコンよりも、ワープロ専用機とか、 データベース専用機とか、CG専用機とかのように機能を特化した製品の方が日本人には向いているかもしれない。 ワープロ専用機はすでにあるが、ハードディスク付きで、ソフトの入れ替えができて、 通信機能もあるワープロがあれば十分だ、という人もけっこういるのではないか。

ただし、機能を特化して目的をはっきりさせれば初心者には使いやすくなるかもしれないが、 パソコンの持つ総合性というか、多種多様なソフトの間でのデータのやりとりという側面を 犠牲にすることになる。そのよい例が、パソコン通信やインターネットという「通信」機能だ。 そもそもパソコンは、それ自体が一つの小さなネットワークみたいなものだと言っていい。 CPUとソフト、ソフトとソフト、或いはパソコン本体とキーボード、フロッピー、CD、スキャナー、 デジタルカメラと言った周辺機器の間の情報のやりとりは、すでにパソコンの持つ通信機能である。 更に複数のパソコンをケーブルでつないで行うネットワークもある。

インターネットは、世界中のコンピュータを通信回線を通じて1つに結びつけることにより、 パソコン本来の機能である通信をグローバルなものにしたと言うことができる。 それによって私たちのパソコンは、日本中、世界中のコンピュータと(制約はあるが) 情報を共有できるようになったのだ。単に情報に接するというだけでなく、情報やソフトウェアを ファイルとしてアップロード・ダウンロードしたり、ダウンロードしたファイルを必要に応じて 保存・編集・加工できるようになった。電子メールも、そうした機能の一つに過ぎない。

ところが近年のインターネット・ブームというのは、そうした背景を切り捨てて、 単に今話題のインターネットを見ることがはやりだと考えているように見える。これでは本末転倒ではなかろうか。 近頃評判のインターネットTVは、インターネットをやってみたいがパソコンは苦手、という人たちのために、 パソコンよりも簡単・確実にインターネットに接続する機能を備えているのだという。 そうした選択肢が生まれたことは悪いことではない。しかし単にインターネットがはやりだから、 インターネットで買い物をしてみたいからという理由でインターネットTVを買った人たちが、 文字通りテレビの延長としてインターネットを見たとき、上に述べた理由で早晩飽きを感じるのは 避けられないのではないだろうか。もちろんインターネットTVにハードディスクがついて、 ソフトが使えて、ファイルの保存・編集ができるようになれば別だが、そうなったら これはもうテレビじゃなくて、完全なパソコンになるしね。

それはともかく、インターネットのありがたい点は、そのページの作者の使ったOSが Windows であろうと、Mac や UNIX であろうと、等しくアクセスできる点だ。例えばこのホームページは Windows で作成したので Mac ユーザーは見ることができませんとか、その逆とかになったら どうだろう?本当はこういうアクセシビリティはOSのレベルで実現してほしいものだ。初心者は パソコン選びのほかにOS選びでも苦心しなければならない。やれ Windows がいいとか、 いや Mac だ、Linux だ、などという議論で盛り上がるのは一部のマニアぐらいなもので、 これからパソコンを始める初心者にはいい迷惑だ。いろいろなOSが共存することはかまわないが、 OS間に互換性のないことがいちばん困る。或るOSで使えるソフトが他のOSでは使えないばかりか、 データファイルすら変換ツールがないと使えないのでは不便きわまる。アーキテクチャを共通にしても、 使いやすさその他の面で個性を主張することはできるはず。まあ、 いろいろ問題があって実現は難しいかもしれないが、いつの日かそうならなければ、 21世紀にパソコンが万人のツールになるなんて土台無理な話だ。

[1997/12/?]



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